子供の八重歯を矯正しようか迷っているお母さんへ

こんにちは。

八重歯になって十数年、八重歯に泣き、八重歯で笑い、八重歯とともに人生を歩んできました八重子です。

 

今日は子供の八重歯矯正をしようか迷っている世のお母さんがたに向けて書かせてください。いやもう自己満足のために書きます。

 

八重歯の話は、現在の私にとってアンタッチャブルで、もはやタブーといっても過言ではありません。

私に八重歯とのお付き合いが生じたのは、小学校高学年の頃でした。笑った口角のちょうど端から見える、まさに犬歯といった印象でしたが、正直その頃は八重歯も生えかけでしたし、コンプレックスに感じることはほぼありませんでした。強いて言えば、六年生の時のアルバム写真を受け取った時に、これが八重歯か、くらいの気持ちでした。

 

中学校1年生、当方女子でしたので例に漏れず多感な時期です。学生証の、「八重歯に引っかかって左右対称に口角が上がっていない私」に気付いたとき、愕然としました。

まるで麻生太郎です。

麻生太郎の口元で、私は普段笑っているんだ。

あまりのショックで、私は人前で笑うことを意識的に少なくしました。どうしても笑いたい時は、必ず手で口元を隠すようにして、八重歯を、ひいては八重歯によって現れる麻生太郎を隠そうと必死に頑張っていました。

(そのためかはわかりませんが、中学時代のあだ名は皇族、もしくは雅子さまでした。)

 

でもいつまでもこの爆弾のような麻生太郎を隠し持つわけにも参りません。人生で学生証のための写真撮影は少なく見積もってもあと5回以上残しています。大学まで行くとしたら、あと9回はあるのです。そして卒業のたびに襲うアルバム撮影……カメラマンといえば皆必ず口を揃えて言うのです、「笑って」と。

オーマイガー。これから重ねられる麻生太郎を思うと気が遠くなります。そして悲しいことにカメラマンは対象者が笑うまでシャッターを押さないのです。

 

私は友達の口元をよく観察するようになりました。同じ悲しみを、同じ麻生太郎を隠し持つ八重友はいないか探すためです。ところがどっこい同級生は100人以上いるのに誰1人として八重歯の子がいない。

私は世界でただ1人、麻生太郎以外に麻生太郎を持つ麻生太郎なのか。私は一生誰にもなれず麻生太郎のままなのだろうか、何度枕を濡らしたことでしょう。

そんな時でした。ある日突然、歯に金属をはめてきた友達がいました。聞けば歯の矯正をしているらしい。歯並びをよくするためにつけてると。ムムッ?歯並び?ひょっとして私が求めているのはこれではないか??

 

私はすぐに母に相談しました。八重歯のせいで、笑うときに麻生太郎になる。このままでは恥ずかしくて記念写真も満足に撮れない。でも歯の矯正をすれば歯並びが治せるらしい。私の八重歯も治せるかもしれない!ぜひやってみたい、と。

 

どんなに説明しても、母の顔は興味なさげでした。なので仕方ない、不本意ではありますが話を盛りました。

八重歯が尖っているのでその先端と頬の内肉が擦れて口内炎ができやすくものを美味しく食べられないとか、

喋るたびに擦れるので常時口内炎が出来ていて、労わりながらじゃないと喋れないとか、

そのせいで学校の音読の時間に周りのみんなより音読が遅くなってしまっていて恥ずかしいとまで言いました。

必死です。目的のためならば手段は問いません、親心は考えず、娘が傷付いて悲しんでいる御涙頂戴系にシフトチェンジしました。しかし頬肉は傷ついていなくとも、それほど私にとって麻生太郎は恥ずかしく、心に傷を負っていたことは確かなので、傷が付いた場所は違えど嘘はついていません。そう自分を説得しました。

 

ところが母の答えはこうでした。

 

「矯正はお金がかかるから出来ない。」

 

母が言うことには、矯正は100万以上かかるらしく、そんなお金をお前にかけることはできないと。

確かに100万は大金です。子供心に無理だなと思いその時は引き下がりました。まだ13歳です。お金のことになると頭が回らなかったんですね。

 

ところがどっこい14歳、ふと思いました。我が家では毎年夏に四日間、ディズニーに行くのが当時の慣例でした。聞けばオムツも取れない赤ちゃんの頃から行っているらしい。おいおいおい。話が違うじゃないかと思いました。

私が住んでいるところは、田舎なので、ディズニーに行くまでの交通費は馬鹿になりません。一人当たり万単位が平気で飛んでいきます。加えてフォーデイチケット家族分?そしてホテル代?待ってくれ。ディズニー行くのやめれば矯正できるだろ!

 

母にまたお願いしました。

私、普通の人に戻りたいの。

麻生太郎をやめて、普通の人間になりたいの。

 

母の答えはこうでした。

「ディズニーは家族の総意だから」

 

多数決の前で個人は無力です。

私は惜敗しました。

涙をのんでの野党です。

 

それから何度かまた挑戦しました。

でも決まって、母の答えは「できない」でした。

 

三度目の正直もダメであれば、大抵の人間は諦めます。私も例に漏れず諦めました。仕方ない、極力笑わないようにして、それでも笑わなければならない時は麻生太郎を受け入れよう。麻生太郎は私の一部、どんなに隠し立てしようとも私は麻生太郎なのだと。健気です。書いていて涙が出ます。弱冠14歳の女の子が、我が身に背負った麻生太郎を受け入れようと努力している。涙なしには語れません。

 

そして月日が経ち、高校を卒業し、3冊の麻生太郎コレクションができました。大学の卒業アルバム用の写真も撮ったので、4冊目の麻生太郎アルバムまで秒読みです。そんな時でした。久しぶりに実家に戻ると母がこう言ってきたのです。

 

「あんた八重歯ひどいね、矯正しないの?」

 

もう開いた口も塞がらないとはこのことです。あれだけお願いしていたのに、あろうことか母は私が重度の八重歯であることに気付いていなかったのです。

 

当然といえば当然かもしれません。事実私は意識的に笑うことを少なくしていましたし、笑うときはさも気高い貴族であるかのように口元を隠しオホホホでしたから。母が八重歯を目にする機会が少なかったことも確かです。

 

それでもあまりにデリカシーのない一言です。

口調ではもう反語です。

なぜ治さないのか?と言わんばかりです。

私は泣きました。罪を憎んで人を憎まず。八重歯を憎んで、麻生太郎を憎まずです。けれど泣きました。喚きました。

20越えのいい大人でしたが、私の中で溜まりに溜まった麻生太郎への憎しみが矛先を変え、母に向かったのです。

 

なぜ今言ったんだ。

なぜその一言をあのとき言ってくれなかったのか。

なぜ私の言葉に耳を傾けてくれなかったんだ。

どうしてそんな風に私を責められるのか。

お母さんは私なんか見ていないんだ。

私なんかどうでもいいのか。

どうでもいいんだ。

だからそんなことか言えるんだ。

 

涙が止まりませんでした。

母は私に対して、お金がないからと断ったことをすっかり忘れているのです。そもそも、八重歯で悩んでいたことすら知らなかったのです。

 

それ以来、母は度々八重歯の話を口にします。私が親知らずの治療のために歯科に行くことが多くなったためです。矯正を相談してみろと言うのです。でも私には出来そうにありません。八重歯でない人から見たら、もしくは八重歯に悩む人でさえ理解できないかもしれません。

でも無理なのです。私が今八重歯を治したら、私が八重歯で苦しんできた10数年をなかったことにしてしまうからです。そしてこれから八重歯を治そうが、大したメリットはないのです。私はもう滅多なことでは笑わない人間になってしまったし、笑う時は手で口を隠します。これは今や無意識の行動なのです。そして社会人になり、毎年証明写真を取ることもなければ、アルバムも作りません。写真が嫌いなので一緒に写真を撮りたがるような友達も私にはいません。せいぜい免許の更新で取る程度です。でも免許証なんて、誰が見るんですか。

 

だから今の私にはいらないのです。

結婚式の写真があっても、私は真顔か、花束を口元に持ってくるかで麻生太郎を誤魔化せばいい。そのくらいの覚悟で麻生太郎と付き合ってきたのです。

 

だから今の私にはいらないのです。

 

ここまで言えばわかりますね。

 

私は本当は、治療がしたいのです。

 

でも出来ない。13歳から苦しんできた私を見捨てられないのです。八重歯で悩む私こそが、私のはずだと信じて生きてきてしまった。だから八重歯を捨てることは、今の私にとってアイデンティティを捨てることに等しいのです。

 

麻生太郎と向き合うことで諦めてきたことがある一方で、麻生太郎はどうしようもなく私の人生の一部なのです。だからもう変えることは出来ない。それに成人してしまったので、子供の頃より矯正には時間もお金もかかりますからね。

 

長々と語ってしまってすみません。でも八重歯一本でここまでこじれた人間ができる良い証明にはなりましたね…。

 

長くなってしまいましたが、とにかく1番言いたいことは、娘や息子に八重歯ができて、矯正しようか迷っているお母さんがいれば、出来れば矯正に踏み切ってもらいたいということです。就活の時も、麻生太郎はニヒルな、嫌味っぽい印象を与えてしまうことが多いため、あまり受けは良くないです。

 

今は中学生までは医療費が無料な市が多いです。ひょっとしたら全国無料かもしれません。

もちろん歯科も無料です。

私は大学生の頃歯科でバイトをしていましたから、無料で歯の矯正をしていく子供たちを何人も目にしてきました。

八重歯かな?と思ったら、気付いた時に歯科に連れて行ってあげてください。

子供は骨がまだ固まってないので、大人に比べて矯正がしやすいのです。歯科に通う時間も大人に比べてありますしね。

 

笑いたくない、写真なんか取りたくない、アルバムなんか欲しくない。

そんな悲しい子を増やさないであげてください。

人は笑顔が1番です。

麻生太郎さんの笑顔だって、素敵な笑顔です。

でもコンプレックスは、コンプレックスなのです。そしてそれは、一見すると他人には理解されない。

お母さんにとって八重歯はコンプレックスではないかもしれない、気にすることではないかもしれません。

もしかしたらチャームポイントと思っているかもしれません。

でもお子さんにとってはどうでしょうか。

違うかもしれない。

お子さんの方がもしかしたら八重歯をチャームポイントと思うかもしれない。

お母さんの方が子供の八重歯をコンプレックスに思ってるかもしれない、それはわかりません。美的感覚は人それぞれです。

 

でも、どんな状況であれ、道は残しておいてあげてください。

 

八重歯は矯正できるよ。中学生までなら無料だよ。もし気になったら気軽に言ってね。

 

これでいいのです。矯正だけに強制はしないであげてください。

 

八重子からは以上です。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。